第279号
記事番号:27903 発行日:2017/01/25
 

2016年度 松前重義学術賞ならびに松前重義学術奨励賞受賞者インタビュー①

<松前重義学術賞>
東海大学文学部歴史学科西洋史専攻 三佐川亮宏教授
東海大学医学部医学科基盤診療学系 稲垣豊教授

 2016年度の松前重義学術賞および松前重義学術奨励賞の受賞者が決定し、去る1月18日(水)、東海大学校友会館にて授与・伝達式が挙行されました。学術賞には東海大学文学部の三佐川亮宏(みさがわ あきひろ)教授と同医学部の稲垣豊(いながき ゆたか)教授の2名が、学術奨励賞には同医学部の石井恭正(いしい たかまさ)講師と同農学部の安田伸(やすだ しん)准教授の2名がそれぞれ選出されています。
 今号では学術賞を受賞された、三佐川教授と稲垣教授に、研究の概要や今後の課題などについてお話を伺いました。

東海大学文学部歴史学科西洋史専攻三佐川亮宏教授

<受賞テーマ>
ドイツ史の始まり――中世ローマ帝国とドイツ人のエトノス生成

受賞のご感想をお聞かせください。

三佐川:
 歴史学は人文科学の分野に属しますが、同じ文系でも社会科学に比べて基礎的研究としての性格が強く、社会にどう役立つのか、と言われてしまうことも度々あります。また、昨今の人文科学軽視ともとれる風潮のため、研究者の多くが少なからず自信をなくしているのではないかと感じることも時にありました。そうした中で、創立者の名を冠した栄誉ある賞の受賞者を歴史学から選出していただいたのは、大変ありがたく、また勇気づけられることだと感じています。

現在の研究テーマとの出会いについてお聞かせください。

三佐川:
 私の研究テーマは、「ドイツ人のアイデンティティ問題」をその歴史の起源までさかのぼって考えてみようというものです。研究を始めるきっかけとなったのは、20代後半のドイツ留学です。大学院博士課程に在籍していた1987年から90年にかけて、(旧)西ドイツの首都ボンの大学に3年間留学しました。偶然ですが、当時のヨーロッパは大きな変革の波に洗われており、東欧では次々と革命が起き、これが東ドイツにも波及して、89年の11月9日、いわゆる「ベルリンの壁の崩壊」に至りました。これも偶然なのですが、その時西ベルリンに滞在しており、あの歴史的な事件を目の当たりにする機会にも恵まれました。留学当初は別のテーマで研究を進めていました。しかし、こうした時期に現地でさまざまな事件と向き合う中で、ドイツ人とはどのような人たちなのかということを、素朴ではありますが考えるに至った次第です。
 「ドイツ王国の成立」や「ドイツ民族の形成」に関する研究は、19世紀以来多くの研究者が取り組んできました。ただ、そのほとんどは、当然ながらドイツ人でした。留学先の指導教授が、「あなたは外国人だから、ナショナリズムにとらわれることなく、ドイツ人のアイデンティティについて研究できるのではないか」とアドバイスしてくれたことも、この研究を始めたきっかけになっています。

受賞テーマ「ドイツ史の始まり――中世ローマ帝国とドイツ人のエトノス生成」の概要をお聞かせください。

三佐川:
 ドイツは、その国家の成立と展開において複雑な歴史を辿っており、国家の枠組みと民族の領域が一致しないのが常態であったと言えます。これは島国に住む日本人にとっては、わかりづらい感覚かもしれません。ヨーロッパは陸続きであり、自然と定まった国境はほとんどなく、相続や分割あるいは戦争によって、常に国境が変動してきたのです。
 ドイツの成り立ちに関する伝統的な研究の多くは「国家」もしくは「民族」という観点の、どちらか一方からのアプローチでした。「国家」からのアプローチでは、ドイツという国の枠組みがいつ頃からできてくるのかを見ていきます。カール大帝が西ヨーロッパのほぼ全体を包摂したフランク帝国を統治していた800年頃には、まだドイツもフランスも存在しませんでした。フランク帝国が分裂し、843年のヴェルダン条約によって成立した東フランク王国がストレートにドイツ王国に発展した、というのが「国家」からのアプローチです。これに対して「民族」的アプローチでは、共通の言語・法・習俗に主眼を置き、帝国の中でゲルマン系の諸部族が結集して統一的民族を構成し始めるのはいつ頃なのか、という見方をとります。このアプローチでは、フランク人の王権が断絶し、彼らに代わって一番北にあるザクセン人が王権を樹立した919年がドイツの誕生ではないか、と解釈しています。つまり、従来の研究では、ドイツの成り立ちは843年から919年の間とされ、その画期と基準の妥当性が議論の対象になっていました。
 私のとったアプローチは「国家」と「民族」の双方向からとらえるものであり、注目したのは、962年に成立した中世ローマ帝国(神聖ローマ帝国)が、いわばプラットホームとして果たした統合的機能です。「国家」を重視する学者も「民族」を重視する学者も、基本的に一国史の観点からドイツしか視野にとらえていませんでした。ヴェルダン条約で成立した東フランク王国はザクセン、フランケン、バイエルン、シュヴァーベンの4つの地域から構成されており、各地域にそれぞれの民族が暮らしていました。この4民族の上位概念である「ドイツ人」という概念が生まれたのは意外と遅く、私は1000年頃であったと考えています。さまざまな史料にある「ドイツ」という術語の用例を網羅的に収集してみると、この時期になってやっと「ドイツ人」という単語が一定数現れてきます。「ドイツ王国」や「ドイツ国王」という術語が出てくるのは、さらに遅く1070年代のことです。
 962年、東フランクのオットー大帝がイタリアを征服し、神聖ローマ帝国と呼ばれる巨大な帝国を作ります。イタリアは経済的にも文化的にも先進地域であり、これによってアルプスを挟んだ南北の交流が促進されるようになりました。その中で初めてイタリア人との異文化接触が生まれます。この「他者」との接触を通じて、それまでライバル関係にあったザクセン、フランケン、バイエルン、シュヴァーベンの4民族が相互の対等性と共通性を発見し、その上位概念である「ドイツ人」という大民族意識を醸成したのではないかと見ています。対する「イタリア人」の民族形成も、同様のプロセスを辿りました。その後、叙任権闘争において、皇帝はローマ教皇とぶつかり合い、「ドイツ」という空間的に限定された王国の国王に格下げされてしまいます。この時初めて「ドイツ王国」という術語が、ネガティブな含意をもって史料の中に出てきます。これが1070年代のことです。
 私がこのような新たな学説を導き出すことができたのは、複眼的視点からアプローチしたこと、西ヨーロッパ全体に視野を広げたこと、そして何よりも外国人として既成の学問的伝統にとらわれることなく過去の歴史を見つめることができたからではないか、と思います。

今後の抱負と学園教職員へのメッセージをお聞かせください。

三佐川:
 受賞研究は、『ドイツ史の始まり――中世ローマ帝国とドイツ人のエトノス生成』『ドイツ――その起源と前史』の2冊の研究書にまとめ、それぞれ2013年と16年に刊行しました。対象時代は800年頃から1100 年頃までに及び、総頁数は1100頁を超えます。現在は、今日の「ヨーロッパ連合(EU)」の歴史的原型となった「紀元千年」の帝国の状況を終末論と絡めたコンパクトな教養書を執筆中です。本年夏の刊行を予定しています。
 先ほど、ドイツ民族の成り立ちに異文化接触が深く関係していることをお話ししましたが、人においても特に若い頃に異文化と触れ合うことは、その後の人生に大きな影響を与えると私は思っています。東海大学ではグローバル人材の育成を目標のひとつとしています。留学や旅行、留学生との交流など、学生が少しでもそうした機会に接するよう、働きかけていきたいと考えています。


▲中世ローマ帝国の多極的構造

東海大学医学部医学科基盤診療学系
稲垣豊教授

<受賞テーマ>
臓器線維症の病態解明と新規治療法開発

受賞のご感想をお聞かせください。

稲垣:
 私が東海大学に入職して、2017年3月で丸15年になります。そのような節目の年に、創立者の名前を冠した名誉ある賞をいただくことができ、大変光栄です。松前重義学術賞は、前身の松前重義賞〔学術部門〕の頃から、医学部の創成期を支えてこられた先生方、現在も中心となって支えておられる先生方など、そうそうたる方々が受賞者に名を連ねています。その末席に、自分の名前を置かせていただくことに責任の重さを感じるとともに、より一層精進していこうとの思いを強くしています。

稲垣先生の研究テーマにある「臓器線維症」とはどんな病気なのでしょうか。

稲垣:
 私たちの体内にはコラーゲンなどの細胞間物質(マトリックス成分)が存在し、細胞同士をつなぐ“糊”として組織や臓器を形づくる上で不可欠な役割を果たしています。また、最近の研究では、細胞の発生や分化、増殖、老化などにもマトリックス成分が深く関わっていることが明らかになりました。この体内になくてはならないマトリックス成分が、さまざまな原因で組織に過剰に沈着し臓器が硬くなることを「線維化」と言い、線維化によって臓器が本来の機能を果たせなくなってしまった病態が「臓器線維症」です。一般の方には馴染みが薄い病名だと思いますが、臓器線維症はさまざまな臓器に見られる病態で、皆さんも良く知っている「肝硬変」もその一つです。肝硬変は、過度な飲酒やB型・C型肝炎ウイルスによって肝臓が慢性的に炎症を起こし、線維化して硬くなっていく病気です。近年、肝炎ウイルスを殺す良い薬が開発され、治療の道筋が見えてきましたが、一方でメタボリックシンドロームによる非アルコール性脂肪肝炎の増加が新たな問題になっています。脂肪肝炎が進行すれば、やはり肝臓の線維化が進み、肝硬変になります。肺もPM2.5やアスベストなどの環境中有害物質のほか、抗がん剤による副作用などの影響によって線維化が起こる場合があります。また、糖尿病が悪化すると腎臓が線維化して腎不全を起こし、人工透析が必要になります。脳卒中や心筋梗塞を引き起こす動脈硬化も臓器線維症と類似のメカニズムで発病します。
 さらに臓器が線維化すると、そこに「がん」が発生することが多く、臓器線維症を前がん病変としてとらえることもできます。しかし、臓器線維症の系統的な研究はこれまであまり行われておらず、治療法や治療薬もほとんど開発されていないのが現状です。

今回の受賞テーマ「臓器線維症の病態解明と新規治療法開発」の概要をお聞かせください。

稲垣:
 アメリカに留学中の1994年に、マトリックス成分の代表的な物質であるコラーゲンを過剰に作ってしまう遺伝子上の部位を突き止め、論文発表しました。この論文は、国内外の研究者の論文に既に300回近く引用されています。また、東海大学は遺伝子改変マウスの作製において独自の高い技術を持っており、2002年の入職後からこの技術を活用してオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質を作る遺伝子を人工的にマウスに組み込み、コラーゲンを作っている細胞を緑色に光らせた「レポーターマウス」の作製に成功しました。この「レポーターマウス」は現在、臓器線維症を研究している国内外の17の研究施設で利用されています。
 2015年には、「臓器線維症の病態解明と新たな診断・予防・治療法開発のための拠点形成」という研究テーマが文部科学省の「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に採択され、大学院医学研究科に「マトリックス医学生物学センター」が設置されました(『VISTA』262号参照)。このプロジェクトでは同センターを中心に、①臓器線維症の病態解明と創薬に向けた基盤技術の確立②組織の線維化を検出する特異的バイオマーカーの探索③臓器線維症に対する新たな薬物治療法の開発――の3テーマに取組んでいます。先ほど述べたように、臓器線維症では系統的な研究が進んでおらず、治療法が確立していません。本プロジェクトでは、基礎医学と臨床医学の研究者が集結し、臓器線維症の病態の解明をはじめ、診断薬や治療薬の開発に取組んでいます。また、マトリックス成分による細胞の機能調節を理工学的な視点からとらえるため、湘南キャンパスの理工系学科の研究者にもこのプロジェクトに参画してもらっています。

今後の抱負と学園教職員へのメッセージをお聞かせください。

稲垣:
 抱負としては、研究の成果をいち早く患者さんに還元することに尽きます。我々のプロジェクトでは、すでに診断薬・治療薬のシーズとなり得る物質を発見しており、製薬会社と共同での特許出願を検討しているところです。
 初代医学部長の故・佐々木正五(ささき しょうご)先生は「基礎医学と臨床医学の融合」という理念を掲げられました。私自身、基礎研究と臨床の両方に携わる身であり、この臓器線維症研究はまさに基礎と臨床の融合と自負しています。
 東海大学医学部には医局講座制がなく、診療科間、研究者間の垣根がありません。また、「生命科学統合支援センター」や「総合臨床研究センター」など、研究を支援する仕組みが整っている、研究者にとっては非常に研究のしやすい環境です。こうした環境があるからこそ、研究成果をあげることができたのだと思いますし、文科省の支援プロジェクトも立ち上げることができたのだと思います。このような環境を整えてくださっている大学をはじめ、日々研究をサポートしてくださる技術職員や事務職員の皆さんにこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。研究で成果をあげることこそが、学園への恩返しであり、ひいては社会への還元になると考えています。

※次号では、松前重義学術奨励賞を受賞された石井恭正講師と安田伸准教授の研究をご紹介します。


編集・発行/学校法人東海大学経営企画室広報課
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