なぜ日本は増税ができないのか

 東日本大震災を契機に、これまで日本が抱えていた問題点が誰の目にも明確に見えるようになりました。言い換えれば、今後の日本経済や日本という国家がいかに危うい状態にあるかを国民の一人ひとりが意識しなければいけない状況が現出したといえます。その意味では、東日本大震災は今後の日本経済や日本が将来に向けて健全な道筋を辿るためのトリガーになる可能性を秘めていると捉えることができます。
 このような状況で、現在、国会では復興のための経済対策やこれに関連する増税案が議論されています。しかし、復興のためには財源不足が明白で、増税が不可避であるにもかかわらず、利害者のフィードバックを恐れるあまり、これを明瞭に言い切れずいつまで経っても計画が具体的に提示されません。これは、どの税金を増税するのか、また増税の期間をどの程度にするのかを未だ決定できないことを見れば明らかでしょう。
 もともと東日本大震災が起こらなかったとしても、日本経済や日本の将来はきわめて悲惨な状況が予測されていました。今こそ、現状のまま推移した場合の日本経済や日本の将来における致命的なリスクを、政治家のみならず、すべての国民が共有すべきです。そのためには、少なくとも日本経済や日本の危機を実際に認識できる立場にいる人々、すなわち政治家、官僚、経済学研究者は国民に真実を誰でも理解できるように伝える必要があります。
 もし財政が破綻して社会保険や年金といった社会保障制度が崩壊したら、現在の政府案である一世帯当たり年間八千円程度の負担増では済まないでしょう。このことを国民に正しく理解させる努力をせず、小手先の議論を重ねることは、まさに犯罪的な行為です。責任のある立場にある人間が責任回避によって、すなわち将来もっと大きな負担があることを明白に言い切らないことで、国民は現在のさほど大きくはない負担に対してもネガティブな反応を見せてしまうのです。したがって、もし現時点において正しい対応がとられるなら、消費税を含めた増税案に対しても感情的な反発を招くことはあまりないと考えられます。

経済学は日本経済に貢献できる

 私の専門である計量経済学は、経済理論を現実の経済データを用いて実証する学問分野です。経済は人間が動かしているものですから、経済の動きを見るときには、理論を学ぶとともに、きちんとデータを見ることが必要になります。したがって、経済学を学ぶと、経済現象のみならず、多様なデータに基づいて合理的に物事を捉えることで事実に対する理解を深めることができるようになります。その結果、自分の考えや行動がぶれることが少なくなり、ある程度の自信を持って仕事が行えるようになるはずです。
 ところで、私が現在関心を持っている研究テーマの一つに確定拠出年金があります。金融が専門の研究者と共同で研究しています。周知のように、現在の日本の年金制度は国民年金と厚生年金が大きな柱です。しかしながら、今後は、さらに自己責任によって積み上げる時代が想定されます。そういう意味で、確定拠出年金に対する期待はさらに大きくなることが予測できます。
 そこで、選択肢の一つである確定拠出年金に限定して議論すれば、これまでの年金だけでは賄いきれなくなるであろう部分を、ある程度のリスクを覚悟して自分で補填しなければならないことは明らかです。今後、私たちは、自ら退職後の生活設計をしていかなければ生きていくことができなくなります。これから理解できることは、自分の将来は長期的な観点にたって自分で考えることが不可欠になってくるということです。その意味で、経済学には多大な貢献が期待できるし、また経済学を知っていることで自身の将来設計がより安心できるものとして描けるようになるでしょう。

円高・株安を定常化状態として捉える

 さて、現在日本経済に大きな影を落としている最大の問題は、円高と世界同時株安に対する懸念でしょう。その主たる要因として、ギリシャなどいくつかの加盟国の財政危機が世界的な金融危機に繋がりかねない問題を抱えるEUやアメリカ経済の不透明感、さらには中国を含む新興国の経済成長率のダウンが予測されることなどがあげられます。
 このような状況下で、世界の投資家が円買いに走るのは、概ね以下のような理由からだと考えられます。日本の財政状況が先進国の中で最悪であることは周知の事実です。それにもかかわらず円が買われているのは、円に期待が持てるからではなく、他の通貨よりましだと考えるからに過ぎません。私は、現状が続く限り長期的に円買いが加速することは避けて通れないと考えるのが、リスク対応という観点からは正しいと考えます。
 したがって、短期的には円安誘導の施策も行う必要はありますが、大事なことは円高下においても健全な成長が期待できる経済政策を速やかに推進することです。あわせて、国の政策とは関係なく、各企業は、グローバル経済において円高がさらに進んでも成立しうるビジネスモデルの確立や多様なネットワーク構築を、スピード感を持って展開することが急務となっています。
 以上のことから理解できるのは、長引く円高が定常状態であるとの認識を持つことが大切であり、これを前提にした対応策をマクロレベルではなくミクロレベルで積極的に行うことが大事になるということです。特に企業では、国家のことはさておき、まず自らの存亡を賭けた戦略対応策の構築に注力すべきです。企業をはじめとした経済社会におけるすべての主体者がまずもって自らの生存を優先したミクロレベルの政策を重視すべきであり、これを可能な限りの速いスピードで行動に移していくことが重要だと考えます。


<2011年9月取材> 西田研究室にて